最近の一冊 「チベット死者の書」

20代の頃、勤めを辞めて一年ほどヨーロッパ・北アフリカ・中近東・中央アジアを彷徨していた時期がある。
いわゆるバックパックを背負った赤貧旅行だ。

旅先ですれ違うバックパッカーとは旅の情報を交換し合い、日本人同士の場合は手持ちの本を交換することが多かった。

異国にあって、列車やバスといった陸路を使った長時間の移動というのは本当に孤独なもので、こういうときに母国語で書かれた本はありがたい存在で、他者と会話しているような気分にもなれて随分と気持ちを紛らせてくれた。
読み終えた頃にはまた別の新しい本と交換するという繰り返しだったので、移動中に読んだ本はそれなりの数になった。
しかし、そうして手に入れた本の中で、何度読んでも一向に入り込めない一冊の本があった。
それが、標題の「チベット死者の書」だ。
 
この本は、チベット人の輪廻思想に基づいた死者の魂・意識を正しい方向に導くための教義を記した書物で、1920年代に英訳版が初刊されて以来幾度となく世界的にブームを引き起こしてきた。
ユングの愛読書であったり、おクスリ好きなヒッピーのバイブル、アシッド・トリップの教典としてもてはやされたりした時期もあった。
 
当時の自分にはこういった知識など殆どなく、単にとっつきの悪い宗教本といった程度にしか考えていなかった。
交換材料としても不人気だったこの本は、結局は帰国の際に他の荷物と一緒に持ち帰ることになり以後自宅の書棚に置いたままになっていた。

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帰国してから半年と少しが経ったころ、突然に母親のガン宣告を受けることになった。
それまでにも近しい人の死に立ち会うことは何度かあったが、さすがに母親の末期ガンの宣告というのはかなり辛い体験で、そのあと幾日も寝付けない日々がつづいた。
 
この時期、何か助けになるものを探していて、皮肉にも没頭して読むことになったのが「チベット死者の書」だった。
宗教家や宗教学者でもない身で、死や輪廻思想について稚拙なことを書くのは顰蹙を買うだけなので控えておくが、同じ時期に読んで随分と気持ちを鎮めてくれたもう一冊の本「旅立ちの朝に」(死への準備教育をテーマに、アルフォンス・デーケン神父と曾野綾子さんとの間で交わされた往復書簡)は、先の「チベット死者の書」とともに20代だった頃の自分の死生観に大きな影響を与えてくれ、死への不安や畏れを鎮め、無常観というものを受け入れる素地を養ってくれた。
当時の自分と同じ状況にある人には是非読んで欲しいと思う。
 
一方で、アメリカの有名女優が著した「Out on a Limb」という本の中に、「輪廻転生というのは、現実を受け入れられない弱い人たちが、現実逃避するために創り出した単なるファンタジーにすぎない」という一節があったことも記憶している...。
受け止め方は人それぞれなので、この手の話題は相手を選ばないとひどい扱いを受けるので用心しないといけないが、なにやら最近では仏教の教えと宇宙物理学、量子力学などが結びついて深遠な学問に発展していると聞いた。
 
先日、ジュンク堂でその関連本を購入したものの、自分の知性ではついて行けず、放置したまま。
しかし、いつか必要とする時期が来たら読解できるかもしれないので、とりあえず処分しないでおこう。
最近、死を想うことが多いもので...。   m