ご依頼事例から見る相続手続のポイント・「スムーズに事業承継するための注意点」

ご依頼事例1

ご相談内容

私は、個人事業主として長年工場を営んだ後、15年程前に事業を法人化し代表取締役社長として会社を経営してまいりました。
妻は6年前に亡くなりましたが、長男・二男・長女の3人の子どもがおります。
私は、長男を後継者と決めておりましたので、会社設立時より長男を役員にして、私と共に会社の運営に尽力してもらっております。
二男と長女は、私の会社には全く関与しておらず、それぞれ大手企業の会社員として働いております。

私も高齢となりましたので、そろそろ会社の実権を長男に譲ろうかと思い準備を進めているところです。
会社の社屋や工場の土地建物・会社の株式は、私の個人名義となっているなど、私の財産の大部分は、会社の事業用の資産です。
それゆえ、それらの財産は後継者である長男に相続させる必要がありますので、その旨を内容とする公正証書遺言を作成するつもりです。

しかし、私の死後に子供たちが揉めるような事態になることは避けたいので、今、用意できる限りの現金を二男と長女に相続財産の前渡しとして贈与し、「相続財産に相当する金額を受け取ったので、父の相続は放棄します。」との一筆を書いてもらおうと思います。
こうしておけば、長男が公正証書遺言に従って相続するのに何の支障もないと思うのですが、専門家の意見を聞かせて下さい。

当オフィスのお答え

結論から申しますと、子供たちの相続トラブルを避ける方法としては、ご相談者のやり方では不十分だと考えます。
その理由につき順を追ってご説明いたします。

遺留分に注意して下さい

子供たちには、それぞれ本来の相続分(3分の1)の2分の1の遺留分(6分の1)があります。
公正証書遺言で全財産を長男に相続させるとなっていても、二男と長女が一定の期間内に遺留分減殺請求をすれば、長男は全財産を相続することはできず、次男や長女が遺留分割合を相続することができます。

遺留分の具体例

長男に全財産を相続させるという遺言が存在する場合で、相続財産として、会社の社屋や工場の土地建物が2億円、会社の株式が5000万円、預貯金が1000万円あり、二男と長女は父親の生前にそれぞれ3000万円の生前贈与(特別受益)があったとします。
また、父親には借入金2000万円がありました。

この事例では、遺留分算定の基礎となる財産は、
2億円+5000万円+1000万円+3000万円+3000万円-2000万円=3億円となります。

遺留分の計算

遺留分算定の基礎となる財産総額は、3億円ですので、二男、長女の本来の遺留分は、いずれも、
3億円×1/3×1/2=5000万円
です。

二男と長女は父親の生前にそれぞれ3000万円の生前贈与(特別受益)を受けていますが、遺留分との差額2000万円をそれぞれ遺留分減殺請求という形で請求することができます。
つまり、二男や長女が遺留分減殺請求すれば、長男に全財産を相続させるという遺言で示した相談者様の遺志は、実現しないことになります。

相続発生前の相続放棄は効果を生じない

「相続財産に相当する金額を受け取ったので、父の相続は放棄します。」との書面を二男と長女に書いてもらっていたとしても、相続放棄の効果は生じません。
相続放棄は、被相続人の死亡による生じる相続権を放棄することに他なりません。死亡なきところに相続権は発生しませんので、被相続人の生前に推定相続人である二男や長女が相続放棄に関する書面を作成していたとしても、法的には相続放棄の効果は生じません。
被相続人の生前に推定相続人が家庭裁判所に相続放棄を申述することも当然ながらできません。
したがって、被相続人の生前に作成された相続を放棄する旨の書面があっても二男と長女は遺留分減殺請求することができます。

遺留分の放棄が有効です

相続の開始前において、相続の放棄をすることはできませんが、遺留分の放棄をすることは可能です。
ただし、遺留分の放棄には家庭裁判所の許可を受ける必要がありますので、遺留分を有する推定相続人(二男と長女)に、相続開始時までに被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して放棄許可の審判を申し立ててもらう必要があります。
家庭裁判所の許可が決定すれば、二男と長女は遺留分減殺請求をすることができず、ご相談者様の遺志が実現します。

事業承継がらみの生前贈与は遺言と遺留分放棄を組み合わせるのが効果的です

今回のケースのように事業承継がらみの生前贈与を行う際に、相続を放棄する旨の書面を取っておけば良いと考える方が少なくありません。
しかし、上記のとおり被相続人の生前に書かれた相続を放棄する旨の書面には全く効果はありません
事業承継がらみの生前贈与を行う場合には、次の3つを組み合わせて行うことが効果的ですので、ご検討下さい。

①後継者以外の推定相続人への生前贈与
②生前贈与と同時に遺留分の放棄の申立て
③後継者へ相続させる旨の公正証書遺言の作成