「相続放棄」知っておきたい5つのポイント・Part2

前回のコラムに引き続いて、相続放棄を考える際に注意すべきポイントについて見てゆきましょう。

③ 借金の「遺産分割協議」は債権者には対抗(主張)できない 

借金などの金銭債務については、相続開始と同時に相続分の割合に応じて分割され、他の相続人は連帯責任を負うものではないとされます。
仮にその後の遺産分割協議で、債務に関して相続分と異なる分割が行われた場合はどうでしょうか。
これについても債務は相続分によって定まり、遺産分割によって勝手に配分されるものではないというのが判例の立場です。したがって、相続分と異なる分割が行われたとしても第三者(債権者等)には対抗(主張)できません

実際の相続においては、次のようなケースでこのことが問題となります。
ある一人の相続人がプラスの財産マイナスの財産もすべて相続するという分割内容で遺産分割協議が成立したようなケースです。
もし、遺産分割協議では何も相続しないことに決定した相続人が債権者から弁済を請求された場合にはどうなるのでしょうか。

この場合には、遺産分割協議の内容を主張してこれを拒否することはできず、相続分の割合に応じた債務を支払う必要があるのです。
相続放棄をしていないかぎりは、債務については法定相続分に応じて債権者に対して負担することになります。
これは、支払能力のない相続人に債務をすべて負わせる分割協議内容によって、債権者が金銭債権を回収できなくなることを防ぐためです。
次のポイントで詳しく見てゆきますが、「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」と「相続放棄」とは別の意味を持つのです。 

④「相続放棄」と「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」とは別の意味 

相続放棄」と「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」とは、意味が違うことに注意してください。
相続放棄」は、相続自体を放棄するので、初めから相続人にならなかったことになります。相続人ではないとみなされますので、プラスの財産もマイナスの財産も相続することは一切ありません。

では、「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」とは、何を意味しているのでしょうか。
「ある一人の相続人がプラスの財産もマイナスの財産もすべて相続するという分割内容で遺産分割協議が成立した。」というケースで考えてみましょう。
この場合、「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」になった相続人は、プラスの財産を相続しないのみならずマイナスの財産も相続しない立場となったと思いがちです。

すなわち、「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」が「相続放棄」と同じ意味だと勘違いされているのです。
しかし、相続放棄をしていないかぎりは、債務については法定相続分に応じて債権者に対して負担することになります。
すなわち、「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」が意味するものは、その相続人がプラスの財産だけを相続しないことに決定したという事なのです。マイナスの財産を引き継ぐ義務は残ってしまうことに注意してください。

被相続人に借金があったり、連帯保証人になっていたりした場合で、プラスの財産を相続しない相続人は遺産分割協議に参加するのではなく、必ず「相続放棄」することが重要です。

次に「相続放棄」と「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」の違いを別の観点から考えてみましょう。

(モデルケース) 

被相続人:父
相 続 人:母・子供A・子供B
父の両親と唯一の兄弟である弟はすでに死亡している。甥C(父の弟の一人息子)がいる。 

実際10数年前に一度同様のケースを扱ったことがあるのですが、上記のモデルケースで、母に全財産を相続させたいと考えた子供Aと子供Bは共に相続放棄しました。
法律に詳しいという知人から、相続放棄は家庭裁判所で簡単にできるのでと勧められたとの事でした。

相続放棄の結果は、子供たちの望んだ結果をもたらさず、本来相続権のなかった甥Cに相続権(4分の1)が移ることになり、甥Cに納得してもらうのに時間がかかりました。
この場合は、「相続放棄」せずに、母が全て相続する旨の遺産分割協議書を、母と子供全員で作成すれば、甥Cに相続権が発生することはなく、母が全て相続できました。

このケースは「相続放棄」と「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」の違いをよく表しています。
すなわち、「遺産分割協議において相続財産をもらわないこと」によって、各相続人間の配分には変化をもたらすが、相続人の構成自体を変化させるものではない。
それに対して「相続放棄」は、初めから相続人にならなかったことになるので、次の順位の相続人がいれば相続権が移転し、相続人の構成自体を変化させることがある。

この違いを理解して、「遺産分割協議」と「相続放棄」を使い分けなければ、意図したものと違う結果を生じさせかねない点にも注意してください。